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「累犯障害者」を読んで素人が考えてみるシリーズその1  僕たちが知的障がい者について考えなければならない絶対的な理由

こんにちは。

 

以前こんな記事を書きました。↓

 

rimokongetao.hatenablog.com

 

 

(注・この記事を書いているのはあくまでも素人です。

事実誤認などの間違いに気づかれた方はコメント等で教えていただけるとありがたいです。

また、この記事では、語句的な正しさ・適切さよりも、伝えることを目的としております。

そのため、乱暴な言葉遣い等あるかもしれませんが、そこに差別意識はないことをあらかじめご承知おき下さい。)

 

この二つの記事を経たことで、私の中で一つの考えを確信するにいたりました。

 

それは、僕たち一人一人が知的障がい者について絶対に考えなければならないし、それは彼らが正常な社会的な地位を獲得するまで続けなければならない、ということです。

 

 

なぜか?

 

彼らは知的障がい者というくらいだから、知能に問題があるわけです。

 

軽度の知的障がい者でも、その知能は12歳前後並みだとされています。

 

およそ小学生高学年くらいですね。

 

これは障がいの程度が大きくなるにつれて、その年齢は小さくなります

 

つまり、マックスで12歳程度ということ

 

考えてみて下さい、そんな人たちが社会に出、自分の権利を主張することが、自分たちの置かれている状況のひどさを認識し、それを訴えることが、そして、知識を蓄え、論理的に話し、そのことを無関係の他人に納得させることが、果たしてできるでしょうか?

 

はっきり言いましょう。

否。

 

もちろんできる人はいるでしょうが、ごく少数でしょう。

 

だとするならば、彼ら知的障がい者とその当事者だけにこの問題を任せていたら、彼らの待遇が改善することなど、遅々としてすすまないに決まっている

 

なぜならば、人は現状維持を好むものだから

現状に慣れるから。

 

 

現状維持が最大のリスク

現状維持が最大のリスク

 

 

 

ゆえに。

そこに正常な知能を持つ我々が関わり、彼らのために考え続けなければ、発信し続けなければならないでしょうか?

 

そうしないと、何も変わらない。

 

変わっているじゃないか!

法律だって行政だって良くなっているじゃないか!

とあなたは言うかもしれませんね。

 

あえていいましょう。

差別意識の根深さ、なめんな。

 

人の卑しい根性は、法律や行政が変わったからといって変わりはしない。

根性が変わらないから現実も変わらない。

 

そんなことない!

とあなたは思いますか?

 

じゃあ聞きましょう。

あなたの健常者のお子さんが、知的障がい者の方を結婚相手として連れてきたらどう思いますか?

 

あなたの答えは僕にはわかりません。

 

全然OKだよ!

というかもしれない。

 

それはやっぱりちょっと・・・

と思うかもしれない。

 

それは人の自由です。

他人の思想にまで介入するのが下品なことです。

 

でも考えてみてほしい。

誰かが他の誰かを愛し、そしてその人と結婚したいと思ったとき、それが社会によってはばまれるのは、おかしいと思いませんか?

 

そんな社会は間違っていると思いませんか?

 

そんな社会が本当に自由な社会といえるでしょうか?

 

僕はおかしいと思う。

ふざけるなと思う。

 

だからどうしたらいいのか、どうやったらそれを変えられるのか、考えたいと思う。

悩み続けたいと思う。

そしてその結果を発信したいと思う。

 

知的障がい者の方達の代わりに。

 

選民意識だ!とあなたは言うかもしれない。

結局お前も知的障がい者を下に見ているんだ!というかもしれない。

 

確かに、そうかもね。

 

でも、そうやって何かをやろうとしている人間をただ批判して、言葉狩りをして、何もせずに現状維持を是認する無能よりは100倍ましだと思う。

 

例えどういう理由だとて、やらないよりはやるほうがいい。

 

どういう思想から出発しようと、何かをしたほうがえらいと思う。

 

ただぐじぐじくだらない理屈をこねくり回していても、何も変わらない。

 

やらぬ善より、やる偽善。

 

そうすることで、たとえ少しでも、何かが変わると、誰かに考えるきっかけになると、信じたいと思う。

 

あなたを信じたいと思う。

 

この記事はここで終わりますが、これはタイトルでシリーズと銘打ったように続けたいと思います。

 

だからこの記事は長い開会宣言のようなものと思ってほしい。

 

賛同・批判・疑問などはコメントにいただければ。

隙の多い話だということは分かっていますので、どうか遠慮なく。

 

そしてこの記事が少しでもあなたになにか響くものがあったのなら、是非次回以降もお付き合いいただきたい。

 

時間の無駄にはさせないと、有益なものにしてみせると約束しましょう。