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好き嫌いしないことが正義という価値観に対するぼんやりとした違和感

こんにちは!

 

皆さんは、食べ物の好き嫌いありますか?

 

好き嫌いをなくす幼児食―心に栄養、頭に栄養

好き嫌いをなくす幼児食―心に栄養、頭に栄養

 

 

自分はあります。

トマト、エビ、ナスなどが苦手です。

 

自分はもう大人なので(たぶん笑)、いまさら好き嫌いがあるからどうこうという話ではないんです。

が。

 

最近、なんとなく「好き嫌いがないことは正義!」みたいな風潮になんとなく違和感を持つようになりまして。

 

好き嫌いってそんなに悪かなあ?

 

いや、もちろん好き嫌いがないほうがいいのは分かる。

 

でも、嫌いなものをわざわざ食わせて、あの手この手を駆使してまでなくさなきゃいけないものかなあ?と。

 

例えば子供が嫌いな野菜の代表格ピーマン。

 

おかしになりたいピーマン (えほんのぼうけん)

おかしになりたいピーマン (えほんのぼうけん)

 

 細かく刻んだり、肉をくるんでみたり。

まあ世のお父さん、お母さんは努力されてますよね。

 

そういう努力はえらいと思う。

 

でもね。

ピーマンとか放っといてもそのうち食えるようになりますって(笑)

自分がそうでしたもん。

 

やっぱり子供って苦いのが苦手だと思うんですけど、大人になるにしたがって耐性できますからね。

 

というか。

そうやって苦手なものを無理に好きのさせようとするのって逆効果というか。

 

 

小手先で味を変えたところで、ピーマン本来の味は変わらない。

 

ということは、ピーマン自体・単体は本当は食べられるようになっていない

 

そこで「子供時代にむりやり食わされてたけど、ピーマンってやっぱりまずいよなあ。嫌い!」となり、大人になっても食わず嫌いになってしまうことが多いと思うんですよ。

 

だったら、子供時代に嫌いなら一旦それは放っておいて、食えるようになったタイミングで食べれば良い。

 

それが一番自然というか。

 

それのほうが結果として豊かな食生活をできると思うんです。

 

それに作った農家さんも、「まずいなあ」と思って食べられるより、「おいしいなあ」と思いながら食べてほしいと思うんですよね。

 

とびきり美味しいをあなたへ パリのビストロレシピ
 

 

ごちゃごちゃしてしまいましたね(笑)

 

要するに何が言いたいかというと

「家庭での食事くらい楽しもうよ!嫌いなら嫌いで放っときゃいいじゃん。そのうち食えるようになるし」

ということですね。

 

そもそも料理を作ってくれるお父さん・お母さんの、その料理のチョイス自体が、彼らの好き嫌いが反映されているわけで(笑)

 

だからその恣意的な設定の下でどうこう言うことにそもそもあんまり意味がないと思う・・・(笑)

 

と。

ここまで書いてきたんですが、自分でも何が言いたいのかよく分からなくなってきました(笑)

 

この記事を読んで何か思うことがあれば、ご自由にコメントでどうぞ!

それを受けてまた記事を書きたいと思います(笑)