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庵野秀明、演劇に興味を持つ 「庵野秀明のフタリシバイ 孤掌鳴難」 感想

こんにちは!

 

今回は「庵野秀明のフタリシバイ」の感想です。

 

庵野秀明のフタリシバイ―孤掌鳴難

庵野秀明のフタリシバイ―孤掌鳴難

 

 

 

エヴァ」以降「ラブ&ポップ」「彼氏彼女の事情」「式日」までを庵野秀明が語り尽した保存版。
新世紀エヴァンゲリオン」の庵野秀明鴻上尚史野田秀樹松尾スズキ田口ランディら10人が、演劇、映画、アニメについて語った対談集。庵野の97年から4年間の心の記録。
 

 

 

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「THE END OF EVANGELION」(いわゆる旧エヴァ)から「新劇場版」まで(もっと厳密に言えば「キューティーハニー」まで)の庵野秀明の心の動きを、インタビューを通して映し出すものです。

この頃の庵野秀明と言えば「ラブ&ポップ」「式日」を取り、アニメからの脱却を図っていた時期。

このインタビュー集では、庵野秀明の「アニメという表現ジャンルへの絶望」「アニメというメディアへの限界」を意識した発言が散見されます。

これは彼自身が先日放送の「プロフェッショナル」(&その再編集版)で発言していた部分と重なるところもあり、このころから既に「アニメ」に対する複雑な感情を抱いていたことがわかります。

 

で、彼がなぜ「アニメ」を信じられなくなったかというと、簡単に言えば「アニメには身体性がない」ということなのかなあ、と思いますね。

アニメというのは、何人もの人間が合理化された分担作業で作り上げていくもの。

そこには個々人の個性が入り込む余地はなく、唯一血の通っているのは「声」のみ。

しかし、その声すらも「声優のもつ身体」から発せられるものではなく、「技術」で作りだされたものに過ぎない「記号」である。

(ここら辺は宮崎駿が自作に声優を起用しない理由であり、自身が音響監督を務めた「龍の歯医者」でも積極的に声優外の人を起用した理由なのかもしれません)

声優業界に対して「誰かが言わなきゃいけないこと」と苦言を呈する部分もありましたしね。

 

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そんな無機質の極みである「アニメ」への反動としてなのか、この時期(90年代末期~00年代初頭)の庵野秀明は「演劇」に興味を持っていたようで、演劇人との対話が非常に多く収録されています。

脱肉体のアニメから身体性の芸術である演劇へ。

彼自身本気で演劇を一度やってみたいと思っていたようですが、その思いは結局実写映画である「ラブ&ポップ」「式日」へと受け継がれていくわけですね。

そんな感じで後世の目から見ると「なぜ庵野秀明は一旦アニメを作るのをやめたのか?」ということがよくわかります。

 

   

 

 

最後に。

「シン・エヴァ」のドキュメンタリー群でもよく庵野秀明が言っていたのと近いニュアンスの言葉がこの本にも出てきていたので、ご紹介します。

・・・できるだけ自分の世界を削ろう、削ろうと。

(中略)

庵野 「削って、そこにいる人のをはめ込んでいく」

林原 「庵野さんの思考が入らないように、ということですか」

庵野 「そうそう。」 

 

庵野秀明のフタリシバイ p256 徳間書店 2001年

 

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これはドキュメンタリーでも、できるだけ他人のアイデアで構成していきたい、とやっていたのと被りますよね。

一回「旧エヴァ」ですべてを自分色に染め上げたからこそ、もはやそういう行為に意味を感じなくなったんでしょうかね。

 

ということで、庵野秀明のある意味「狭間」の時期の思考が知れる作品ですので、気になった方は是非一度手に取ってみてくださいね!

 

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