こんにちは!
あらすじはこんな感じ↓
ニッポン国から棄てられた民が国に問いただす-ウチラの命、なんぼなん?
『ゆきゆきて、神軍』から31年、ドキュメンタリーの鬼才・原一男監督が挑んだ「大阪・泉南アスベスト国賠起訴」、8年間の全記録
・障がい者、元恋人、元日本兵、小説家・・・タブーを越えた“表現者"を常々追ってきた「全身映画監督」原一男が、遂に自らのタブーを破り“生活者"を追った圧巻の215分! 目をそらさず、泉南の叫びを聞き逃すなかれ!
・初めて国に勝った泉南の一握りの原告たち しかし、勝っても勝っても地裁、高裁、最高裁へと国は逃げ続ける あまりにも優しすぎる原告たち 「なぜもっと怒らないのか! 」原一男の檄が飛ぶ。
ストーリー
2006 年、大阪・泉南地域の石綿(アスベスト)工場の元労働者とその家族が、損害賠償を求め国を訴えた。明治の終わりから石綿産業で栄えた泉南は、最盛期は200 以上の工場が密集し「石綿村」と呼ばれていた。石綿は肺に吸い込むと、長い潜伏期間の末、肺ガンや中皮腫を発症する。国は70 年前から調査を行い、健康被害を把握していたにもかかわらず、経済発展を優先し規制や対策を怠った。その結果、原告の多くは肺を患い、発症という“静かな時限爆弾"の爆発に怯え暮らしていた。原一男は弁護団の活動や、自らも石綿工場を経営していた「市民の会」の柚岡一禎の調査に同行し、裁判闘争や原告らの人間模様を8 年に
わたって記録する。原告の多くは地方出身者や在日朝鮮人であり、劣悪な労働条件の下、対策も知らされぬまま身ひとつで働いていた。裁判に勝って、ささやかな幸せを願う原告たち。しかし国は控訴を繰り返し、長引く裁判は彼らの身体を確実に蝕んでいき、ひとり、またひとりと命が消えていく。
原告に残された時間はもう少ない。国を相手にした絶対に引けない戦いの結果はいかに-
https://www.amazon.co.jp/dp/B07JG31ZYN?tag=hatena-22&linkCode=osi&th=1&psc=1 2020/7/25閲覧
映画としての感想を言うと、「長すぎる」の一言に尽きますね。
3時間半は長すぎるでしょう。
なんでこんなに長くなったかと言うと、主役を決めきれなかったかならかなあ、という気がします。
原一男監督の過去のドキュメンタリー「ゆきゆきて、神軍」「全身小説家」「私的エロス」などには明確にキャラの立った主役がいました。
そんな主役たちにフォーカスしているからこそ面白かったし、引き込まれた。
感情移入しやすいですからね。
でも今回は網羅的に今回のアスベスト被害に関わっている人たちを映しているので、どうしても情報が多くなる。
だからだらけるというか、長いなあと感じてしまう。
また今までの彼の主要な作品にあった激情が足りない、特に前半。
そういった要因で前半がけっこう退屈なんです。
しかし後半、役所にカチコミに行くあたりから、監督とシンクロする激情家で行動派タイプのおじいちゃんが実質主役になっていき、どんどん面白くなってくる。
結局、このアスベスト裁判には(一応)勝利しますしね。
ただ、ここでもおじいちゃん(&監督)は納得しない(まあよく考えたら納得しちゃいけないんですけどね、全然保障になってないし)
勝利に浮かれ、厚生労働大臣との面会、そして幾度もの謝罪を得たことで「ひと段落」というムードに満ちる他の原告団と、「いや、でもよく考えたらこれって勝利じゃないんじゃないの?」と釈然としないおじいちゃん。
そんな彼が「今回の裁判はここが不十分だ」と指摘しながら本作は終了となります。
ここを最後に持ってきたということは、監督自身もやはり釈然としないのでしょうね。
・まとめ
結局本作が3時間半もありながら、他の作品とは違って何か明確な結論にたどり着かなかった感があるのは、「素人を撮ったから」だと思うんです。
「素人」というのはつまり「振り切ってない人」。
振り切っていないから、仮初めの勝利で満足してしまう。
だから不十分なものになる。
この映画を通して、アスベスト被害がいかに深刻かしれたのは良かったですが、作品としては不満が残りますね。
関連記事はこちら↓